東京・吉祥寺店 スタッフ日記 VOL.87 たまには少し真面目に・・・

Ay!
吉祥寺のおじさんです。
こんにちは。

10月ですね…🎃
未だ暑い日と涼しい日が交互に来てますのでお身体にはお気をつけてくださいね。

さて本日のブログですが私の生活の中でここに記せる内容が無いようなので
せっかくですし少し歴史のお話でも…。

カーテンって古代エジプトの時代には既にあったようで、
動物の皮などを住居の入り口に掛けていたそうです。半分ドアのような感覚ですね(半ドア)。

古代ローマ時代になると文献や絵画にも「カーテンらしきもの」が登場します。仕切りの布的なやつです。
実は窓よりベッド周りのキャノピー(天蓋)としての使用の方が先なんですね。

中世になりますと上記の天蓋としての使用から窓へスイッチします。
というのも15世紀ころから窓にガラスが使われるようになったんです。それまでは枠のみ。すがすがしいですねぇ。
そのころから窓装飾というインテリアのトレンドが貴族たちの間でバズるわけです。
ルネッサンスではシンメトリーとバランスに重きを置いて水平で直線的なカーテンが主流になりました。
このころにはタッセルや上部に纏わせるバランス仕様なども出てきてます。

17世紀、ヨーロッパ建築の最盛期はルネッサーンス🍷がさらにファビュラスでゴージャスに発展しました。そうですバロック様式です。

バッハです。髪の毛くるくるです。音楽の父です。
いかにゴージャスに重厚感を出すか。貴族たちのステータスアピールのひとつでもあります。
この頃には金銀糸を使った錦織が台頭してきます。ジャガード織り機ブームですね。

【ご紹介】当店のジャガードといえばこれ<マホラ アイボリー>

18世紀、ロココ様式になると曲線的なデザインを取り入れたり、裾のスカラップや縁飾り、床に引きずる丈のゆったりとしたスタイルに変化していきます。
18世紀末のアンピール様式では直線的なシンメトリースタイルが再燃しますがフランス革命の影響による統一精神の薄れによって様々なスタイルをミックスするようになっていきます。多様化ですね。

さてさて海の向こうでは髪の毛くるくるだったころの我らがニッポンですが、
江戸時代初期には長崎の在外公館でカーテンが使われていたそうです。
ですが未だこの時点では「カーテン」という言葉すら日本国民は知りませんでした。

日本人が使い始めたのは幕末~明治にかけて。
いわゆる貴族の間でのお話です。「窓掛け」と呼ばれたそれはとても高価なものだったそうです。
明治末期から大正にかけて日本の産業革命時代にカーテンが日本でも製造されるようになりました。
そしてその頃日本の建築事情も変わり洋風建築が建てられるようになります。そこでカーテンが徐々に広まっていきました。ですがまだ”上流階級”の人々の話です。


画像拝借元は「鹿鳴館」のWikipedia

昭和30年代。空前の団地ブーム。
この波に乗って一気にカーテンが一般家庭の間で普及し始めます。

そして昭和40年代。遮光や防音の機能性カーテンが登場し、カーテンやカーペットなど「インテリアファブリック」が洋室アイテムとして一世を風靡しました。(ソイヤッ)

そこから現在にいたるまで日本の産業技術の向上により「我々の生活を快適に」といった先人たちの想いを織り込んだり込まなかったり、デザインや繊維にいたるまで進化を続けてきたカーテン。実はとっても長い歴史があるんですね。

長くなりましたがお読みいただきありがとうございます。
書いてあること全部テストに出します。丸暗記してください。

そんなこんなでもうこんな時間ですね。
本日はこの辺で👋

てら